西郷隆盛の足跡を辿る② ~明治10年8月13、14、15日~

こんにちは、宮崎県 延岡市 北川町 地域おこし協力隊のヤマダです。

大人気のNHK大河ドラマ 西郷どんも残り10話を切り、クライマックスも間近!!

北川町はどのように登場するのでしょうか?今から楽しみです!

西郷隆盛が重要な決断を下した地、北川町!

saigoushukujinato.jpg【延岡市北川町俵野にある、西郷隆盛宿陣跡資料館

そう、私の住む北川町は、明治10年の西南の役で、西郷隆盛が薩軍の解散布告令を出した場所なんです。

明治10年8月12日に延岡から北川へ移動した西郷隆盛。
同20日に、北川町にある祝子川地区から、高千穂の三田井へ向かうまでの約一週間を北川で過ごします。

明治10年8月に、西郷隆盛は北川でどのように過ごしたか。

このブログは、その場所の現在の写真と合わせて時系列で追っていく企画の第二弾です!

※第一弾のブログはこちら!

吉祥寺でひとときの安らぎ得た西郷隆盛が向かった先は?

DSCF1135.JPG【北川町 吉祥寺】

官軍の侵攻から逃れ、北川の吉祥寺で好物の蕎麦がきをご馳走になり、ひとときの安らぎを得た西郷隆盛。

翌13日に吉祥寺から南に約2kmのところにある、笹首の小野彦治宅に移ります。

DSCF1122.JPG【小野彦治宅(現:小野哲夫宅)】

小野彦治宅に移った西郷は、二日間、ここで過ごしています。
護衛の兵は、裏山から孟宗竹を伐ってきて家の周囲に目隠しの竹垣を急造し、警固しました。

西郷さんは、終日、床柱を背に黙って座っていたそうです。

DSCF0940.jpg

その床柱がコレです!

現在も小野彦治宅(現:小野哲夫宅)に当時のまま残っています。

写真は、地元の勉強会で訪れた際のものです。
西郷さんが背にした床柱を背にした方は、勉強会の参加者の一人です。

どうでしょう!この満足そうな顔!西郷ファンなら感無量ですね!

※小野彦治宅(現:小野哲夫宅)は現在も居住者の居る一般家屋です。
今回は特別に内部を観覧させていただきましたが、普段は建物外観だけの観覧となります。

小野彦治宅で西郷隆盛は、ある決断を下す

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小野彦治宅で延岡の陥落を聞いた西郷隆盛。

村田新八、桐野利秋など薩軍幹部を集め、軍議を開きます。

そこで出た結論は、和田越決戦で西郷隆盛自ら陣頭指揮に立つというもの。

和田越での決戦を決めたのは、野村忍介。

野村忍介は延岡の戸長、羽生素太郎を呼び
「延岡の地は南北に川を帯び、すこぶる要衝である。もし薩軍がこの地で一戦すれば、あるいは一時の急を救うことが出来るかもしれない。五月以来薩軍に寄せられた郷土人士の厚意を思うと、あえてこの地を焦土にするには忍びない」
と伝えました。

こうして市街戦はさけられました。

現在の和田越決戦場

DSCF1123.JPG

15日の朝、西郷一行は笹首をたち和田越へ向かいました。

西郷隆盛たち薩軍は、和田越から東西に、長尾山~和田越~友内山と布陣し、官軍は山縣有朋が指揮をとった樫山を中心に、北川の河口には海軍軍艦をまでをも配備していました。

DSCF1131.JPG

画像手前側が、西郷隆盛が陣頭指揮をとった和田越。

中央やや左に見える丘が、官軍の山縣有朋が指揮をとった樫山です。

薩軍、約3千500人。官軍、約5万人の戦いでした。薩軍は善戦をするも、圧倒的兵力差を前に次第に劣勢になります。

この時の官軍の戦いを見ていた西郷さんは、

桐野、おまえたちが「農民の寄せ集め」と馬鹿にしていた官軍だが、我々と戦っても負けぬではないか。これで日本も大丈夫。外国から攻められても負けることはあるまい!

と官軍の戦いを褒め称えています。

西郷隆盛と薩軍は北川町俵野に撤退

和田越決戦で敗北を喫したは薩軍は北川町俵野へ撤退します。

俵野の児玉熊四郎宅周辺に結集した兵は約2千人。

DSCF1013.JPG西郷隆盛が宿陣した児玉熊四郎宅(現:西郷隆盛宿陣跡資料館)

DSCF1154.JPG負傷した西郷菊次郎が療養した児玉イセ宅

DSCF1146.JPG野利明が泊まった岡田重吉宅

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西郷隆盛たちが宿陣した俵野は、山と川に挟まれた袋小路。
(黄色★の場所が、児玉熊四郎宅(現:西郷隆盛宿陣跡資料館)です)。

なぜ、戦闘にも逃走にも不利になる袋小路である俵野を宿陣地に選んだのか?

その答えは、この地に何百年も前から息づく伝説と関係がありました・・・。

つづく。

延岡市

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延岡市は、東九州地域の中心的都市として、旭化成を中心とする工業集積をはじめ農林水産業などの多彩な産業を有するとともに、海・山・川の自然に囲まれ、歴史的には内藤家七万石の城下町として栄えてきた、産業と自然や歴史・文化が調和したまちです。

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