【へれた】っちゃ

*本日、生きた証*
 日中:ちょっと生きた心地

五輪ぴっく

どもども、たっちです。

回ってますか、ラブソング。
メリーゴーラウンドを見ると久保田利伸が思い浮かぶ、これは本来自分より少し上の年代の発想かもしれません。
文化的には兄世代にひきずられるところが大きく、話題もついていきやすいため「私だってギリギリ平成生まれなんです」と言ったら驚かれました。
しかしまもなくこの元号も終わるのかあ、と思うと感慨深いですな。

驚かれるといえば。

私はカープファンですが、地元の横浜DeNAベイスターズでは、天然キャラの熊原投手に注目しています。
なぜって、とあるスポーツ紙での平昌五輪についてのインタビュー。
「ピョンチャン? 何ですか、それは!? オリンピック? これからやるんですか!? 冬のオリンピック? そんなのあるんですか!?(後略)」

すげえ。
アスリートだからってスポーツイベントに興味あるわけじゃないのね(興味とかいう問題でもないが......)

極めつけは、このインタビュー最後に付された記者による解説。

なるほど

 (ピョンチャンはウサギのことかと思ったそうです)

そうきたか......!!

出雲大社で目にした因幡の白兎の像が目に浮かび、ウサギがスキーとかスノボ、スケートなんてやってたら可愛いわ。

さて、上のエピソードから何を感じるかって、何においても自分の「当たり前」を疑うべし! てことではないかと。

博多人形が祝う2018年

私にとっての当たり前、常識というものは、あくまで"私にとっての"であるにすぎないのですよね。 
冬季オリンピックも韓国の地名も、熊原投手の"当たり前"の範疇ではなかった。

確固たる世界なぞは存在せず、あくまで個々の人間が「それぞれの視点で見る世界」が重なりあっているだけ、完璧に重なるものはないと。
何かの場面で他人との見解の違いを感じれば(大抵少しの苛立ちを通り過ぎた上で)、そうだったよなぁと思い出すのに、日常ではついつい忘れてしまう。

どうも味噌っカスです

うまくいかなかったり、もどかしかったり、モヤモヤしたり......そんな時こそ、ふと立ち止まって「今の私が見ているのは世界のひとつ、他の人が見る世界と違う」と考える。
よく言う、ちっぽけな自分ちゅうやつですな。

ほんでこういう時、同じく気づくべきは「普段当たり前に享受しているものの有難さ」で。

健康はその最もたるもので、失った時にその尊さ、そして自分の小ささも思い知るという。

インフル大丈夫? 一人暮らしだと心細いでしょう、何か届けようか?

実はこれもいただきもん

差し入れはもちろんのこと、気遣いや励ましの一言をかけてもらうだけで元気が出る。
では周りの人が、病気をはじめ弱ったりヘコんだりしている時、自分もそれをきちんと察して、適切なことばをかけられているかしらん?

あかん、全然だ。
も、全っ然足りない。 

気配り、心配り、思い遣り......こう書くと陳腐に見えるけれど、ひとがひととして生きるために一番大切なことを。
日々をもがきながら過ごすうちに忘れかけていたのかも、だいぶ手遅れだろうけど、今からまた改めて大事にしていかねばならんなと。

はて、本当は先週お邪魔した四万十市は中村のマルサ醤油さん、の味噌(上記写真)をご紹介するつもりだったのに、話がえらい【へれ】ましたわ......なぜ。

てんで、本日の高知ことば【へれる】は【逸れる】、【的や本筋などから外れること】を指す土佐弁です。
 例)おまんが投げるボールは、どうもいつも右へ【へれる】なあ。

とりあえず、このところのマイブームは色んな味噌で味噌汁をつくること、てなどうでも良い情報でした。
ほんじゃ。
たっちー

たっちー

高知県四万十町

2016年8月より四万十町地域おこし協力隊に着任した、文系院卒の元日本語教師(28歳・独身・女)。前職の経験を生かし、「子ども」や「学校」をキーワードとしたイベントの企画・運営に奮闘する。 また着任以降、「高知ことば」を一記事につき一語取り上げながら、日々の活動を綴るブログを毎日更新中。四万十の人と自然、文化をより広く発信せよ! とのミッションのもと、2017年1月より「田舎の暮らし方」ブログの執筆を担当。 過去の投稿はこちら「日本語教師の高知ほうろうき」http://taccis.blogspot.jp/

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