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遣唐使船のロマン伝え
広島・倉橋島 造船のふるさと

16_呉_天本.jpg▲復元された遣唐使船を前に、倉橋島の魅力を語る柳井さん
=呉市倉橋町の「長門の造船歴史館」で2017年11月10日

広島県最南端の島、倉橋島(呉市倉橋町)。瀬戸内の穏やかな海に育まれたカキ、ちりめんが島の特産品だ。果実、野菜の栽培も盛んで、「お宝トマト」、「石地ミカン」などの地域ブランドも生産されている。「日本の渚なぎさ百選」に選ばれた桂浜も魅力の一つ。

「まだありますよ」と話すのは、観光ボランティアガイドの会会長の柳井敏弘さん(76)だ。倉橋島には古代から続く造船の歴史があるという。「かつては造船業で栄え、その昔は遣唐使船を建造したと言い伝えられています」。柳井さんは観光ボランティア活動を通して、島の魅力を県内外に発信し続けている。

その柳井さんは島の美しさに魅入られて10年ほど前に移住してきた。山口県長門市の出身。東京で四十数年間、会社員生活を送ってきた。瀬戸内の島々を巡り倉橋島を訪れた際、無数の島々が織りなす多た島とう美びに魅入られ、島で暮らすことを決意した。

移住後、遣唐使船がこの島で造られていたという伝承を知った。千数百年を超える話にロマンを感じた。今では島にある「長門の造船歴史館」で、その歴史を語り継ぐ活動に取り組む。 ある時、地元の中学校からの依頼で、倉橋の歴史を語った。生徒を前にこんなことを考えた。「島の人口は約5400人。若者たちの多くが島を離れる。生徒も同じかもしれない」。そして思った。「子どもたちを島に引き留めるのではなく、いつか戻ってきてもらうために、地元を深く知り、倉橋を好きになってもらうことが大切ではないか」

そんな願いを込めて、このほど生まれたのが「子どもボランティアガイド」だ。柳井さんは子どもたち自らが倉橋の良さを発信する仕組みを作った。「いつか、島の良さに気づいた子どもたちと一緒になって、美しい瀬戸内の海にもう一度遣唐使船を浮かべてみたい」。いま、そんな夢を描く。【天本雅也、写真も】

16_呉_天本.JPG執筆者:天本 雅也
1979年12月18日福岡県出身。大学卒業後、外資系医療機器メーカーに就職。妻の故郷である呉市倉橋町の豊かな自然に魅了され、2年前に移住を決意。現在地域の方々と取り組む倉橋交流拠点事業の事務局を担う。
http://seasidecafe-alpha.com/

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