地方移住を検討している方へ、田舎の暮らし方ブログ

Powered by 地球の歩き方

秘境で暮らす、自然と生きる。覚悟を決めたからこそみえるものがある。

こんにちは。田舎の暮らし方編集部です。

【日本三大秘境】って知ってますか?一般的に岐阜県の白川郷、徳島県の祖谷、そして宮崎県の椎葉村のことを指します。秘境というからにはアクセスも決して良くないですし、不便なこともたくさんありますが、あえてそこを選んで移住した方がいます。【秘境の暮らし】とは一体どのようなものなのでしょうか。

今回お伺いしたのは宮崎県の椎葉村、五ヶ瀬町の合同セミナー。

椎葉村
村としては九州最大の面積を誇る椎葉村。グアム島とほぼ同じ大きさの面積のうち、96%を山林が占めるという、まさに秘境です。標高は500mを越えるその村には、約2,700人が生活しています。自然が豊かな一方で、【平家伝説の里】や【民族学発祥の地】としての文化的な一面も持ち合わせています。

五ヶ瀬町
山奥にありながら、険しさより解放感があると言われる五ヶ瀬町。約3,800人が生活するこの町には、なんと日本最南端の天然雪スキー場があります。温暖なイメージの宮崎県ですが、ここ五ヶ瀬町は標高が高いこともあり夏の平均気温も低く、猛暑日や熱帯夜が観測されたことがないそうです。

これまでの移住セミナーでは「都心部からのアクセスがいい」「ほどよい田舎」など、現在の都心部での生活水準に近いものを維持しつつ、いかに生活費を下げ幸福度を上げるか、という点に焦点が当てられることが多かったように感じるのですが、今回は感じるものが全く違いました。

一言で表現するなら【自然への感謝】。

たとえば、世界農業遺産にも認定された高千穂郷・椎葉山地域の農林業システムでは、起源を辿れば縄文時代までさかのぼると言われる焼畑農業がとても高く評価されています。この地域の焼畑は、諸外国の焼畑と比べて一回あたりの火入れの面積が小さく、長い休耕期間を必ずおき、森林を回復させることが特徴です。野生の動植物への影響をおさえ、豊かな森林を維持する自然との調和。「火入れ」と聞くと自然を壊しているように聞こえますが、全く逆なのです。畑を焼いて農作物を育て、3~4年経ったら別の場所へ移る。そうして25~30年も畑を休ませることで、以前よりも元気な姿で土地が復活するのです。この循環は戦前までは日本の各地で行われていたそうですが、戦後の高度成長期に、よりお金になるスギやヒノキなどの林業に転換されるなど焼畑農業は衰退していき、現在でも継続して行われているのはこの椎葉村だけになりました。

昔を知る地元の方は「山の元気がなくなった」と口を揃えて言うそうです。それは単に植物の育ち方の衰えを意味するのではなく、村人が減り、自然界の神々への信仰が薄れることで、昔のような賑わいがなくなってきていることを意味するのだと思います。決してスピリチュアルな話ではなく、秘境で暮らすことで山や木々はもちろん、火や水に対しても感謝の念が強くなり、そういう人々の想いの集まりが【山の元気】として感じられるようになるのでしょう。

IMG_1990.JPG

移住者の一人である青木優花さん(写真真ん中)が、都心を離れようと決断したときの感情がとても印象的でした。とあるお店に入ったときに、

【私の欲しいものが何もない】

と感じたそうです。確かに都心にはお店がたくさんあります。でも、本当に欲しいものはどれだけあるでしょうか。なんとなくお店に入り、なんとなく眺めて、なんとなく出る。そんなお店がたくさんあることで感じられる【都心の賑わい】、本当に必要でしょうか?モノが溢れているこの時代だからこそ、自分が本当に欲しいものを選別する目が必要なのだと、本質的な部分に気づかせてくれます。

また、五ヶ瀬町で【五ヶ瀬自然学校】を営む杉田英治さん(写真右)は、子育ての視点からこう語ります。

【子育てを親に任せておけない】

虫の取り方一つ教えられない親が増える中、家庭、学校、地域が一丸となって「生きる力のある子どもを育てよう!」をコンセプトに、ご自身のインストラクターとしての経験をいかし、放課後こども教室を開かれています。子供達が自然の中に暮らし、正しい自然との触れ合い方を学び、その子供達が大人になったときに、また次の代の子供達に伝えられるような、そんな形を目指しているそうです。

焼畑による自然の循環。自然学校による子供達の経験の継承。人間本来の生き方がここにはあるようです。日々の生活に疑問を感じた経験のある方、一度秘境を訪れてみてはいかがでしょうか。

特集