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移住物語Vol.12 岩手県 古谷 恵一さん
「変わらないもの」を守る

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Vol.12 岩手県 古谷 恵一さん

私が陸前高田に初めて来たのは二〇〇八年の三月のことです。所属していたサークル活動の一つで陸前高田へ歌を歌いに行く機会がありました。当時大学一年生だった私は、縁も所縁もない土地へ、「歌」をきっかけにしてやって来ました。現地の皆さんに支えられ、一週間かけて高校や福祉施設や市民会館でのコンサートをさせてもらいました。

プロでもない僕たちアカペラグループが来ることを楽しみに待っていてくださる人がいたり、歌を聴いて涙してくれる高校生がいたりしたことにひたすら驚きました。現地の元気なおばちゃんのお家で皆で雑魚寝するのが堪らなく楽しくて、なんだかずっとここにいたいなぁと思っていました。

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▲ 先日オープンした商業施設「アバッセ」で歌った

 

「変わらないもの」を守る

初めて陸前高田へ歌いに行ってから三年後に、東日本大震災が起きました。「〇〇さんがお星様になりました」現実とは思えないような連絡が連日届きました。コンサートをした市民会館がぼろぼろに壊れている写真も送られてきました。

でも当時、なんとなくすぐに陸前高田へ行こうとは思えませんでした。今いっても自分は何もできないんじゃないかという気持ちと、怖いという漠然とした気持ちがありました。サークルのOB達で陸前高田へ歌いに行くボランティアも活発になっていましたが、しばらく参加することから避けていました。今思えばあんなにお世話になった土地なのに、なんですぐ行かなかったのかと悔やみます。怒られてしまうかもしれませんが、正直な気持ちでした。

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▲ 震災で流されて更地になった陸前高田の街

そして震災から四年、「久しぶりに歌いに行かないか」とサークルの同期に誘ってもらいました。約七年ぶりに来た陸前高田はほとんどが更地で、大きな震災遺構が残っていたりして、昔の面影はありませんでした。でも、初めて来た時と同じように僕たちを歓迎してくれる人がいたり、僕のことを覚えてくれている人がいて、驚きました。土地は大きく変わってしまったかもしれないけど、そこにいる人のあたたかさは変わらないと気づきました。「あぁ、もっとこの場所を大事にしたい」と強く思いました。

東京へ帰ってからも陸前高田のことが忘れられなくて、気づけば何度も訪れるようになって、そこに住みたいと思っていました。

「移住」というと、重い言葉に聞こえます。でも「自分の住みたい場所に住む」という自分の気持ちに素直になることは自然なことだと思います。

私は現在「マルゴト陸前高田」にて修学旅行生の受け入れをおこなっています。今年度は初めて千六百名もの生徒が、陸前高田に民泊(ホームステイ)をしにきます。陸前高田と聞いて「震災」という言葉ではなく、人のあたたかさ、強さ、山と海の豊かさ、食の豊かさが思い浮かぶように。生きていく上で大切なことをたくさん教わったこの土地の良さを守り、伝えていきたいと思います。

出典元:ジャパトラ(一般社団法人住まい教育推進協会

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古谷 恵一(ふるたに けいいち)
1988年5月17日大阪生まれ、スイスと横浜育ち。
慶應義塾大学在学時、所属していたアカペラサークルで岩手県陸前高田市へ歌を歌いに行くボランティアを行っていた。卒業後は一般企業で4年間働いた後、2017年4月より同市へ移住。陸前高田市への交流人口拡大を目的にした『一般社団法人マルゴト陸前高田』にて、民泊を活用した修学旅行の受け入れ事業を担当している。

一般社団法人マルゴト陸前高田
http://marugoto-rikuzentakata.com

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