伊予市とする理由はあるか その参

前提を引き継いだ上での続きとなります。そして完結編です。
某アメコミ映画劇中のセリフに「シリーズものは3作目がつまらない」という類のものがありましたが、今回はその参です。

伊予市の個性は...、
というところですが、これに関してはシリーズ開始前に既にこのブログで述べていまして、
"中途半端" です。
ということで終了なのですけど、色々な意味で関係各所から殴られそうな発言ですし、これで終わると間違いなくこの3作目は駄作ですので、少し展開させます。

リチャード・フロリダ氏は、自らの居住地とする都市(集積地)を決めるに際して、その都市の個性を理解することの重要性を説いていますが、一方で「都市の個性は変動しやすい」ともいっています。
ではなぜ「都市の個性は変動しやすい」のでしょうか。
それはそこに"人の営み"があるからです。人はそのライフステージによって自らの生産性が変化します。人の生産性の変化は当然、人によって構成される都市の生産性の変化となります。そして人が自らの生産性を高めるために移動する必要があるということは、それに応じて都市も変化しているということです。

"人の営み"という要素以上に、都市そのものが確立した個性を持つには長い歴史が必要です。日本では京都といった都市が例になるのでしょうか。
伊予市が都市として誕生したのは1600年代ですが、都市機能が確立したのは明治期と考えられます。今現在生活している人がノスタルジーを感じるには十分な時間ですが、所詮"人の営み"の期間としては三世代くらいしかありません。都市そのものの個性が確立するには短すぎる時間です。
伊予市の"中途半端"さは、都市としての個性が変化している途中だからです。

ではそんな"中途半端"な伊予市を居住地とする理由はどこにあるのでしょうか。
個性が変化している途中ということはつまり、どのような方向にも変化できる可能性があるということです。"人の営み"によって都市の個性が変化するということは、"あなたの営み"によって間違いなく都市が変わるということです。もっと言うと伊予市が「あなた色の都市」になる可能性があるということです。

「シム○ティかよ」って話ですが、実際に移住先進地といわれる集積地ではそのような変化が起きています。一方でそれが正しい方向なのかどうかは考慮する必要があるといえますが、またそれも集積地という器の中で変化するのです。

さあ、どのような希望と覚悟をもって移動しますか。
そして移動先を伊予市とする理由はありましたか。

最後に、
よく地方は疲弊しているとか、農山村は衰退しているとかいわれます。そしてその言葉は東京を主とする大都市から"人を動かす"理由に置き換えられます。しかし本当に地方や農山村は疲弊・衰退の過程にあるのか、ということは正しく判断しなければならないのではないでしょうか。
そして"人が動く"べき理由も正しく判断しなければなりません。
真に疲弊・衰退するほどの激しく長い歴史を持つ土地がそこまでたくさんあるとは思えません。
そして、人は自らの生産性を高めるために動くのです。

終電直後の郡中港駅
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ありがとうございました。

樋口瑞記

樋口瑞記

愛媛県伊予市

伊予市地域おこし協力隊 郡中地域担当

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